 五條宮は1400年前に創建、白鳳2年敏達(びたつ)天皇を祭祀した神社です。病気平癒・鬼門除・火難除等の神様、また近隣地域の産土神でもあります。五條の名は古代難波宮の五條筋に当たることから起こり、大阪における條坊制を唯一伝えています。樹齢約500年の御神木・公孫樹の袂で立てる結婚の誓いは永遠です。
又、五條宮は、難波宮の五條筋にあたる場所に建てられたことから
その名が付いた。大阪における條坊制を唯一伝えている。
橘氏の神社であり、30代敏達天皇を祀っている。
というのも、系図を紐解けば、敏達天皇の5世の孫が橘諸兄に
当たるからである。 敏達天皇の子の難波皇子(なにわのみこ)は、用命天皇の死後、
蘇我馬子、物部守屋との権力争いに馬子側について従軍した。
難波皇子の子の栗隈王(くりくまのおおきみ)は筑紫大宰府の
長官で、その子の美奴王(みののおおきみ)とともに、白村江の戦い
で朝鮮半島から撤退した日本の最前線で、外交・防衛等にあたって
いたが、壬申の乱の際に、大友皇子(弘文天皇)の使者に味方に
付くように説得されるも、それを断ったりもしている。
美奴王は、橘三千代を娶り、葛城王を生んでいる。
葛城王は、王の位を捨て、弟と共に母親の姓氏、である橘氏を名乗り、
以後、橘諸兄となるのである
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